2011年5月17日火曜日

名古屋市民会館は

名古屋市の副都心の1つである金山にあるホールおよび会議室等による複合施設。金山駅に隣接してある。中京大学が市から命名権を取得し、2007年(平成19年)7月1日から愛称が「中京大学文化市民会館」になった。同市の人口が200万人に達したことを記念して、「芸術文化の振興及び市民福祉の向上を図るため」に建設された。名古屋市金山体育館の機能を熱田区の名古屋市体育館に移転した後、その跡地に建設された。2つのホールを主な施設としている。1972年(昭和47年)10月1日の開館以来、東海地方を代表するホールとして、内外のオーケストラ演奏会やポピュラー音楽、歌謡曲などのコンサートのほか、演劇、舞踊、講演会、式典などに利用されている。音響家が選ぶ優良ホール100選に選ばれている。市は、「名古屋市民会館」という名称を名古屋市民会館条例に基く正式名称と見なし、愛称の方の命名権(ネーミングライツ)を売却することにした。同会館の呼称は、契約期間中、愛称を優先して使用することが推奨される。

2007年(平成19年)4月16日、名古屋市ネーミングライツ選定委員会が、中京大学などを運営する学校法人梅村学園に同会館の愛称の命名権を売却することを承認し、5月上旬に市と同法人との間で正式契約が取り交わされた。契約期間は5年間。売却額は、税別で1年につき5000万円。この契約金には、1年につき大ホール5日分、中ホール5日分の利用料金も含まれている。2007年(平成19年)7月1日から、契約に基いて同会館は「中京大学文化市民会館」(正式略称:中京大学会館)になった。また、大ホールが「オーロラホール」、中ホールが「プルニエホール」になった。「プルニエ」(フランス語:prunier プリュニエ)は、プルーン(西洋スモモ)の木のことであるが、梅村学園や市長は梅のことであるとしている。命名権契約により、愛称である「中京大学文化市民会館」を一般施設名としているが、名称決定以降、各方面から批判の声が挙がっている。名称には名古屋市の関連施設だと思わせる文字が入っておらず、中京大学の関連施設と受け取られ兼ねない。

特に名古屋地区の大学・専門学校の入卒式典や文化祭など高等学校の行事に使われることが多かったために、愛知大学を始め今年度卒業式以降の利用を見合わせる動きが出ている。名古屋市瑞穂公園ラグビー場は、愛知県名古屋市瑞穂区にある球技場。通称は瑞穂球技場。名古屋市内では最も古い球技場で現在のスタンドは1990年に改修工事を受け、この時に電光掲示板などが整備された。全国地区対抗大学ラグビー大会の会場として使用されているのを始め、地元のアマチュア公式戦のほか1994年にわかしゃち国体のラグビー競技が開催されるなど、愛知県を代表する施設として使用されてきた。1993年、当時ホームスタジアムの一つとして使用した名古屋グランパスエイトがJリーグ公式戦(対横浜マリノス戦)の最中に大雨のためピッチ全面が田んぼのように冠水する事態となった。そのためJリーグからの注意勧告を受けて同年の秋に芝の張替え工事が施された。

この年、世界ユースU-17選手権大会(現・FIFA ユースU-17ワールドカップ)を開催している。名古屋競輪場は愛知県名古屋市中村区にある競輪場。施設所有および主催は名古屋競輪組合(愛知県と名古屋市による一部事務組合)。実施は日本自転車競技会中日本地区本部。名古屋競輪場は1949年に開設された。当初は中日球場にて組立バンクによる競輪開催(西宮競輪と同じ手法)する構想があったものの、名古屋市財政局からの強い要望があり、最終的には別個に新規で競輪場を建設することになり、現在地の中村公園北側に造成された。記念競輪 (GIII) は「金鯱賞争奪戦」として行われるのが恒例となっており、近年まで10月に開催されていたが、最近は3月に時期が移動されている。またS級シリーズとして現役時代は日本選手権競輪・オールスター競輪を制し、世界選手権にも出場したことがある高橋健二を称え、『高橋健二杯・メダリストカップ』が開催されている。

過去にはオールスター競輪が4回開催されており、直近では2005年に第48回オールスター競輪を13年ぶりに開催した。また2011年3月に第64回日本選手権競輪が、名古屋競輪場では61年ぶりに開催された。今後は2012年4月27日から30日まで共同通信社杯競輪が行われる予定である。名古屋テレビ塔は愛知県名古屋市中区栄の久屋大通公園に立つ、日本で最初に完成した集約電波塔。名古屋テレビ塔株式会社(Nagoya TV Tower Corporation)が保有・運営している。1953年9月19日着工。現在建っている土地は、当時の名古屋市助役であった田淵寿郎によって復興のシンボルになるという理由で有償貸与されている。昼夜を通して工事が行われただけでなく建設許可の際、「塔の直下に地下鉄を通す」ことを条件に建設されたため4本の脚部は深さ6mまでしか埋め込まれておらず、将来の地下鉄工事に備えるためにだるま式構造と呼ばれる4本の脚を鉄筋コンクリートのアーチで結合して固め重心を下げる工事も行われている。

1954年6月19日竣工、翌日には開業・電波の発射を開始した。高さ180m。設計者は内藤多仲。名駅地区を中心に超高層ビルが乱立する中でも、名古屋市中心部のシンボルとして親しまれている。テレビ塔の建設費は愛知県と名古屋市が当時の金額でそれぞれ2000万円を、名古屋鉄道などの名古屋の財界が4000万円を出資している。さらにNHKが放送機材として4000万相当の鉄塔を現物で出資し、その方針に倣い中部日本放送も同額で鉄塔を購入している。そのため鉄塔にある展望台(90m)より上はNHK、それより下はCBCの持ち分になっている。2011年7月24日までNHK名古屋放送局(総合・教育)、中部日本放送(CBC)、東海テレビ放送(THK)、名古屋テレビ放送 (NBN)のVHF4局がここから地上波アナログテレビの電波を送信していた。名古屋市内の繁華街ということなどもあり、一部放送局の中にはお天気カメラを設置しているところもある。高さは180m、総重量3300トン。

地上90mにスカイデッキ、100mに金網で囲まれたスカイバルコニーがあり名古屋市街や御嶽山などの眺望が楽しめる(展望階は有料)。3階にはレストランの他、娯楽コーナーや土産を売るショップもある。夜間にはライトアップが毎日、日没30分前-26時に行われておりライトアップの中でもセントラルパークからのレーザー光は特に目立つ。なお、地上デジタルテレビジョン放送はNHK、民放5局ともに瀬戸市幡中町に新たに建設した瀬戸デジタルタワーを電波塔として利用している。その理由は既存の名古屋テレビ塔及び東山タワー(中京テレビ放送(CTV)本社敷地内にあるUHF・FM鉄塔)が築50年及び30年以上経過しており、これらにデジタルテレビ用の送信アンテナを設置するには強度不足と判断されたためで名古屋テレビ塔は2011年7月24日をもって電波塔としての役目を終えた(東京タワーと違い、ラジオ局や業務無線のアンテナは設置されていない)。