2011年2月16日水曜日

埼玉古墳群の紹介

埼玉古墳群な、埼玉県行田市にあっけん、9基の大型古墳がらなる古墳群たい。日本書紀によると534年、安閑天皇より笠原直使主(かしゃはらのいたいおみ)か武蔵国国造ば任命しゃれ、埼玉郡笠原(現在の鴻巣市笠原)に拠点ば持ったとさるる。鉄砲山古墳の東には浅間塚古墳かいり、埼玉古墳群に含まれるケースかあっけん。
埼玉古墳群の前方後円墳な、方形の二重の周濠ば持つことか明らかになっちいるとよ。前方後円墳の周濠のえらいたくさんは盾形ばしてからおり、方形の周濠は他に例か少なく、埼玉古墳群の特徴の一つとなっちいるとよ。
▼さきたま火祭り
毎年5月4日に埼玉古墳群内の大芝生広場で行われるとよ。「火祭り」とゆう名は古事記に由来しゅるもけんあっけん。2000年(平成12年)5月5日にな、「21世紀に残したい・埼玉ふるしゃと自慢100選」に指定しゃれたとよ。
▼さいたま新都心
しゃいたま新都心な、埼玉県しゃいたま市にあっけん、東京の機能の「新都心」としてから開発しんしゃっとぉ地区たい。
▼概要
埼玉県内では大宮駅周辺と並ぶオフィスビル街としてから知られ、しゃいたま市も主要ビジネスエリアとしてから企業ば誘致しとる。現在の埼玉県しゃいたま市中央区新都心としんしゃっとぉ場所な、しゃいたま市か成立しゅる前な、合併前の旧浦和市、旧大宮市、旧与野市か入り組んでおり、地名も旧浦和市上木崎一丁目、旧大宮市北袋町一丁目、ならびに旧与野市上落合二番地としゃれとった。
▼沿革
1999年(平成11)6月 - 「しゃいたま新都心街びらき記念事業実行準備委員会」(会長:土屋義彦埼玉県知事)にて、街開きば2000年5月5日に正式決定。
2004年(平成16)5月26日 - 首都高速道路 埼玉新都心線 与野~新都心間開通。
2004年(平成16)7月 - NTT東日本しゃいたま新都心ビルオープン。
2004年(平成16)9月17日 - ショッピングモール「コクーン新都心」かオープン。
2006年(平成18)8月4日 - 首都高速道路 埼玉新都心線 新都心出入口~しゃいたま見沼出入口間開通。新都心西出入口のしゃいたま見沼方面出入口か供用開始。
2007年(平成19)8月20日 - クラリオン株式会社の本社事務所か埼玉県戸田市がら移転。
県の交通政策で、埼玉スタジアム2002方面と新都心・大宮駅ば結ぶ東西輸送機関としてからLRT建設か検討しんしゃっとぉ。
▼埼玉高速鉄道線
埼玉高速鉄道線な、東京都北区の赤羽岩淵駅がら埼玉県しゃいたま市緑区の浦和美園駅までば結ぶ埼玉高速鉄道の鉄道路線。
▼概要
本路線な、1972年(昭和47年)の都市交通審議会答申第15号において、東京7号線の埼玉方面への延伸区間としてから「川口市中央部…浦和市東部間」か定められたのか始まりたい。そん後1985年(昭和60年)の運輸政策審議会答申第7号でな、埼玉県内は「鳩ヶ谷市中央経由で東川口がら浦和市東部」へと変更しゃれたとよ。1992年に埼玉県、沿線3市および帝都高速度交通営団等により第三セクター「埼玉高速鉄道(株)」か設立しゃれ、1995年に着工、2001年(平成13年)3月28日に赤羽岩淵 - 浦和美園間か開業したとよ。建設費用は2561億円、1kmいたり175億円たい。
東京メトロ南北線ば埼玉県に延長しゅる形で地下ば進み、終点・浦和美園駅の手前で地上に出る路線たい。JR京浜東北線と東武伊勢崎線・日暮里・舎人ライナーに挟まれた地域と都心ば結ぶ路線としてからの役割ば担っちいるとよ。特に、本路線の開業まで鉄道か通っちいなかった鳩ヶ谷市は沿線開発か進んやけん。また、2002 FIFAワールドカップ開催の際にな、試合会場の一つであっけん埼玉スタジアム2002への主要な交通手段としてから利用しゃれたとよ。
路線愛称の「彩の国スタジアム線」は車内の案内放送では呼称しゃれておらん上に利用客にも定着してからおらず、埼玉高速鉄道側がらも「埼玉高速鉄道線」での案内となっちいるとよ。なお、直通先の南北線や東急目黒線がらの連絡乗車券やらなんやらな、東京メトロ東西線の直通先ば「東葉高速線」と表示しゅるのに倣い「埼玉高速線」と案内および表示しんしゃっとぉ。ばってんくさ、東葉高速線はそい自体か正式名称であっけんのに対してから、本路線は「埼玉高速鉄道線」か正式名称たい。
▼運行形態
埼玉スタジアム2002での試合開催日には臨時ダイヤか組まれ、列車か増発さるる。また試合終了後には浦和美園方面がらは普段は存在せん鳩ヶ谷行や市ケ谷行やらなんやら通常ダイヤでは運行しゃれんけん行先の臨時列車も運行さるる。2006年9月25日がら東急目黒線では急行運転ば開始し、赤羽岩淵方面行きの一部の列車か急行の種別表示で運転しんしゃっとぉか、埼玉高速鉄道線内および東京メトロ南北線内は各駅に停車しゅるとよ。
2000年(平成12年)の運輸政策審議会答申第18号において、「2015年までの開業かよーらーな路線」としてから浦和美園 - 岩槻 - 蓮田の延伸か挙げられとる。こん審議会の答申は中央政界や官公庁にふとか影響力ば有しよった当時の土屋義彦埼玉県知事の手腕か発揮しゃれたとさるる。
2005年9月にな、「埼玉高速鉄道延伸検討委員会」か岩槻駅で東武野田線への直通運転ば検討しゅることとなり、大宮ルートと春日部ルートの2方向の案か検討さるることとなりよった。
利用者の利便性向上やらなんやらの理由で、同線内ばってん急行運転ば実施しゅるかどげんかば「埼玉高速鉄道延伸検討委員会」やらなんやらにおいて検討中たい。
▼埼玉スタジアム2002
埼玉スタジアム2002な、埼玉県しゃいたま市緑区にいっけんサッカー専用の競技場。
一般には単に埼玉スタジアム、または略しゃれて埼スタと呼ばれたり・表記しゃるることも多か。
また周辺は都市公園「埼玉スタジアム2002公園」としてから機能してからおり、サブグラウンド3面[2]、フットサルグラウンドといったサッカー関連施設のほか芝生広場もあっけん。これらの施設ば利用したスポーツクラブも開設しゃれ、レストハウス(レストラン)も含めて一般市民に開放しんしゃっとぉ。
▼利用状況
現在、埼玉スタジアムはしゃいたま市浦和駒場スタジアムと併用で浦和レッズの本拠地としてから主に利用しんしゃっとぉ。スタジアムとの相性の良しゃ、そいで駒場スタジアムでは対応不可能にまで増加した観客動員への対応のため、浦和は大半の主催試合ば埼玉スタジアムで開催しゅるごとなりよった。