2011年10月13日木曜日

昭和後期まで、栃木県宇都宮市と茨城県水戸市の間には

国鉄バス(宇都宮)が国道123号経由で運行する路線バス、茂木線(その後、水都東線・水都西線に改称)があった。茂木線(水都西線・水都東線)の宇都宮 - 水戸直通便はその後一部便を茨城交通が運行した時期もあったが、1979年(昭和54年)に廃止され、以来30年間、この両県庁所在地間を直通する公共交通は無く、鉄道路線(JR宇都宮線と水戸線)を小山駅で乗り換える経路が最短ルートとなっていた。一方、茨城県企画部は2005年度(平成16年度)の政策調査で北関東3県と新潟県、福島県を含む5県間交流の実態を報告、立地的に中心部にある栃木県を交流拠点になり得るとし、その栃木県と茨城県間の流動が5県相互間最大でそれが自動車依存が大きいことを指摘した。2008年(平成20年)12月、北関東自動車道の真岡インターチェンジ - 桜川筑西インターチェンジ間が開通したことで宇都宮市と水戸市が高速道路で結ばれ、これを機に開設されたのが北関東ライナーである。茨城県と栃木県間に宇都宮からは水戸および大洗やひたちなかなど茨城県沿岸部への観光、水戸からはインターパーク宇都宮南や宇都宮市中心街へのショッピングや東北新幹線への乗り継ぎ利用、宇都宮市内観光、日光・那須等への観光の足がかり、そして両市相互間のビジネス需要が期待された。 北関東ライナー水戸 - 宇都宮線は、2009年(平成21年)7月に路線免許が申請され、同年9月17日に茨城交通(浜田営業所)・関東鉄道・関東自動車の3社による共同運行が開始された。2010年(平成22年)10月1日のダイヤ改正において一部運行経路が変更され、水戸市内では茨城大学前経由となり新原三差路停留所、自由ヶ丘停留所が廃止となったほか、宇都宮行は宇都宮駅西口を先に経由し東武宇都宮駅西口が終点となった。2011年(平成23年)3月31日の運行をもって関東鉄道が撤退。同年4月29日よりひたちなか市まで延伸されている。現在は1日6往復が運行され、茨城交通はうち3往復を担当している。路線バスの車両は、自社発注車は前後折戸車がほとんどである。日産ディーゼル・スペースランナーRM、日野・レインボーII、いすゞ・エルガのノンステップバスを新車導入した以外は中古車の導入が目立ち、西武バス、東京都交通局や関西方面など多くの地域からの中古車を受け入れている。2009年以降から中古導入での低床化も進行しており、横浜市交通局から日産ディーゼル・スペースランナーJPが、京成バスから三菱ふそう・エアロスターのワンステップバスが移籍している。また、高速バスは路線バスに比べて新車の導入が多く、高速バスしての導入例が少ない日産ディーゼル・フィリピン製車両(1999年導入)が導入されている。また、2007年に浜田営業所に3台導入された高速バスのうち、三菱ふそう・エアロバスには従来の高速・観光バス専用塗装をアレンジした新しい塗装の車両が導入された。茨城急行自動車は、東武鉄道系列のバス会社。社内・外共「茨急(いばきゅう)バス」の略称で呼ばれる事が多い。1950年に内山運輸として創業。1963年に東武グループ入りし、現在の社名に改称した。本社は埼玉県北葛飾郡松伏町にあり、同町の他、千葉県野田市及び茨城県古河市の3ヶ所に営業所を持つ。埼玉県東部、千葉県北西部及び茨城県南西部を中心に路線バスを運行し、一部路線は栃木県下都賀郡野木町にも乗り入れる。2001年9月の東武バス野田出張所閉所に伴い同所の路線を肩代わりし、営業エリアを拡大した。昭和末期の時点では、東武鉄道と同系の阪東自動車が折半という株主構成であった。かつて茨急で阪東からの譲渡車が多かった(そのほとんどは後述の「富士重車体の日野車」だった)のは、かかる資本関係も要因であった。しかし、平成に入り東武グループ全体の資本関係を見直す事となり、幾多の整理過程を経て、現在では東武鉄道グループ系の朝日自動車グループとしてバス事業を展開している。茨城港は、茨城県の北部に位置し、日立市、那珂郡東海村、ひたちなか市、東茨城郡大洗町にまたがる中核国際港湾、重要港湾。港湾管理者は茨城県。2008年12月25日、旧日立港・常陸那珂港・大洗港の3港を統合する形で発足した。茨城キリスト教大学は、茨城県日立市大みか町6-11-1に本部を置く日本の私立大学である。1967年に設置された。大学の略称はIC、茨キリ、シオン。第二次世界大戦後の1949年、茨城県日立市のクリスチャンとアメリカ人キリスト教宣教師たちにより設立された大学である。多賀キリストの教会の付属教育機関として設置されていた夜学校や幼稚園を前身に、シオンカレッジを開校。その後、茨城キリスト教学園と名称を変更、1967年大学文学部を設置し、単科大学としてスタートした。1995年に大学院文学研究科、2000年に生活科学部を、2004年に看護学部を、2011年には経営学部、大学院生活科学研究科及び看護学研究科を開設し、現在は4学部7学科と3研究科をもつ総合大学となっている。約13haの広大な面積を誇る大みかキャンパスには、幼・中・高・大・院の校舎が立ち並ぶ。以前は日立製作所所有のゴルフ場「大みか倶楽部」の敷地であり、キャンパス各所には、大きな松の木や芝生が広がり、一部にはホールであった穴を発見できるなど、ゴルフ場であった面影を見ることができる。現在も、隣接して大みか倶楽部は営業しているが、戦前18ホールあったコースは6ホールに減少している。面積は大みかキャンパス全体の広さとほぼ同じ。落葉広葉樹におおわれた標高50~100mの小高い丘陵地で、東に太平洋、西に阿武隈山地を臨むことができる。合宿所として利用できる。開講授業はない。2010年に、後方拠点として開設された。この他、付属聖児幼稚園地として、日立市と高萩市にキャンパスあり。茨城キリスト教大学(学園)は創立当初、シオンカレッジという名称であった。しかし、当時最盛期に達していたシオニズム運動が、国際社会から厳しい目で見られており、大学への理解にも誤解が生まれると考え、大学の理念が伝わるよう「キリスト」を入れた「茨城キリスト教~」に変更された。現在の大学名の英名は、「Ibaraki Christian University」であるが、略称を用いる場合「ICU」を使用すると「国際基督教大学(Internatonal Christian University)」とかぶるため、また、古くからの海外提携大学であるオクラホマクリスチャン大学(Oklahoma Christian University)が「OC」と称していることから、「IC」を使用している。