2011年10月29日土曜日

千葉ポートタワーは

日本国千葉県千葉市中央区に建つ塔(展望施設)である。高さ125.1m。千葉県民500万人を突破したことを記念して1984年6月に着工し、1986年(昭和61年)6月15日にオープンした。タワーは1階から4階からなる。来場者は、まずエレベータにより最初に最上階の4階の展望室にあがる。回覧順序としては、その後、階段を下りて(エレベータで降りることも可能)、3階の展望喫茶室でお茶を楽しんだり、さらに降りて、2階の展望室・アクアファンタジーを見ることになる。2階から1階にはまたエレベータで降りる。1階には売店があり、ポートタワーの記念品の他、千葉県の名産品を購入することができる。展望室からは、全面360度を見渡すことができる。北には幕張新都心や千葉マリンスタジアム。東には千葉市中心部。南にはJFEスチールの東日本製鉄所。西には、タンカーなどの船が行きかう海が見える。海の向うには、東京タワーや高層ビル群が見える。天気の良い日には富士山も見える。タワー下には千葉ポートタワー建設の碑がある。

この碑には「この「千葉ポートタワー」は、昭和58年9月に県民が500万人を突破したことを記念し、建設したものです。」と書かれている。毎秋の11月に国際都市・千葉を舞台に開催されるのが≪駅伝・世界一決定戦≫の青木半治杯・国際千葉駅伝。コース全体の初めと終わり辺りの急激な坂と中盤の海沿いの道路から吹く海風等とバラエティーに富んだ難しさが有る為に各国から「世界最強の駅伝コース」と言われておりこのレースを制したら≪駅伝・世界一≫と言う称号が付く。千葉ポートタワーは1回目の折り返し地点として本タワーの前のロータリーを一周する。千葉県東方沖地震は、1987年12月17日午前11時8分17秒に千葉県房総半島、九十九里浜付近を震源として発生した地震である。関東地方南部の地殻構造は、表層の北アメリカプレートに対し、相模湾(相模トラフ)からもぐりこむフィリピン海プレート、日本海溝からもぐりこむ太平洋プレートの3層からなる複雑なものであるが、この地震は2層目のフィリピン海プレートの内部で断層運動が発生したスラブ内地震であった。

震源の千葉県東方沖は、周期的な群発地震の発生源としても知られ、「地震の巣」でもある。千葉県の広範囲で震度5を記録し、死者2名、負傷者161名、建物全壊10棟、半壊93棟、一部破損6万3692棟を出した。被害の中心は千葉県であった。関東地方の比較的広い範囲で大きな被害が発生した地震としては1923年の関東地震およびその余震である1924年の丹沢地震以来であり、その点でも当時、注目を集めた地震である。道路の陥没や傾斜地の崩壊、屋根瓦の崩落やブロック塀の倒壊などの住宅被害が、千葉県九十九里浜沿岸地域を中心に発生。また、九十九里浜沿岸や東京湾沿岸、利根川流域沿岸などでは液状化現象により被害が発生した。当時は、各市町村に自動計測機器(計測震度計)が設置されていなかった為、最大震度5とされているが、震源地に近い自治体では、被害状況から、現在の震度階級で震度6弱以上の揺れを観測していたと思われる。NHKニュースでの発表によると、千葉市と成田市に設置された東京ガスの震度計では震度7を記録したと報じられ、この日に千葉県文化会館で予定されていたTM NETWORKのライブが機材と舞台の破損で翌年2月に延期された逸話がある。

2号線は、千葉県千葉市中央区の千葉駅から同市若葉区の千城台駅までを結ぶ千葉都市モノレールの鉄道路線である。千葉公園駅 - 穴川駅手前までは国道16号線に走行軌道が設置され、JR総武線とは500~800mほどの距離を置きながら並走する形態となる。密集した市街地の中を走行し、沿線には千葉競輪場がある千葉公園や、千葉大学・千葉経済大学・敬愛大学などの文教地区がある。しかしながら千葉競輪場へは千葉駅からの無料バスの利用が圧倒的で、文教地区の各大学はJR総武線西千葉駅・稲毛駅からの利用が主体となっており、モノレールによる利用者は非常に少ない。またこの区間の地域は西千葉・稲毛の各駅から路線バスが頻発しており、乗降の負担が圧倒的に少なく(ノンステップバスの普及がさらに後押しとなった)、東京方面のアクセスにおいてはモノレール利用では迂回となって遠回りとなるが、バスは短絡的に総武線の駅にアクセスするため、路線バスが有利な状況となっている。田畑が点在する宅地エリアで、広々とした土地空間を利用した千葉県総合スポーツセンターや千葉市動物公園などの公共施設が点在し、それらの施設名称を駅名に冠するものの、利用者は非常に少ない。

千葉駅及びJR総武線から距離があるエリアだが、稲毛駅からの路線バスが多数発着するため、モノレール利用者が伸びない要因となっている。千葉都市モノレールの路線の中で、利用率が高いエリアである。千葉中心部・東京都心部へ向かう際は、都賀駅でJR総武本線に乗り換えるのが主体となっている。沿線は新興住宅地が密集しているほか、東京情報大学のキャンパス(千城台駅からバス利用)があり、モノレール利用者獲得に恩恵をもたらしている。ほとんどの列車が、1号線の千葉みなと駅まで直通運転され、千葉みなと - 千葉 - 千城台間の運行である。日中は12分間隔で1時間あたり5本運転で、朝や夜間には車両基地所在駅である動物公園駅始発・終着の列車も設定されている。千葉県立中央博物館は、千葉県千葉市中央区の県立青葉の森公園内にある房総の自然誌と歴史に関する総合博物館である。1989年(平成元年)に開館した。常設展示のテーマは、「房総の自然と人間」である。房総の代表的な自然を再現した生態園が隣接しており、様々な動植物を身近に観察することができる。

分館として勝浦市に海の博物館が建設され、同様に山の分館も計画されたが、千葉県の財政悪化などもあり建設は延期されるに至った。また千葉県の県立博物館の再編によって2006年には大多喜町の千葉県立総南博物館が大多喜城分館に改組された。この館は、それまでに建設されていた千葉県の県立博物館群の中枢的機関として構築された。また、日本の植物生態学の草分け的学者であった千葉大学理学部名誉教授沼田眞を準備室段階から初代館長として迎え、当時日本の生態学や分類学の分野で際立った研究をしていた大学院博士課程や修士課程を修了直後の若手研究者を、学芸員や技師としてそれまでの公立博物館からは考えられない規模で大人数採用してしまい、その後一自治体としては経営維持困難な体制を作り上げてしまった。